テニス発祥の地:山手公園

テニス発祥の地:山手公園

68番館

横浜の観光スポット山手本通りから少し入ったところに日本のテニス発祥の地、及び日本最初の洋式公園である山手公園がある。現在でもテニスコートがあり、多くの人が楽しんでいる。

山手公園付近の地図

住 所:神奈川県横浜市中区山手町230

バス停:麦田町

山手の西洋館や外人墓地を観光している場合は 山手のメイン通り山手本通りから、カトリック山手教会の横を入って行く。行き止まりのように見える道であるが公園まで続いている。200メートルほど歩くとテニスコートが見えてくる。

カトリック山手教会
カトリック山手教会

バスで行く場合は元町からトンネルを越えた最初のバス停の麦田町で降りる。山手公園入口の信号を入って行くと直ぐ山手公園入口に着く。

公園の入口は階段になっている。少し登った所に子供の遊技場が作られている。更に登るとテニスコートがある場所に着く。

頂上のところにはテニスコートと洒落た休憩所がある。

日本テニス発祥の地

山手教会の横から入った場合は山手公園の入口の所に元デビスカップ選手の安部民雄が書いた「日本庭球発祥之地」と彫られ記念碑がある。

横浜が開港され、日本有数の港町になると外国人が多く住むようになった。外国人達は明治3年に明治政府から横浜の山手に土地を貸与され、日本最初に洋式公園を作った。

ローンテニスは明治7年にイギリスで生まれているが、その2年後には日本にも持ち込まれている。外国人特にイギリス人は山手公園にテニスコートを造成してプレーを楽しんでいたようである。

テニスは男女が一緒にプレーできる異色スポーツであり、異国で生活する女性にとって公園でのテニスやお茶が最大の楽しみであったようだ。 明治11年にはイギリス婦人たちがLadies Lawn Tennis and Croquet Clubを結成している。


このクラブがベースになり現在も日本最古のテニスクラブ( 公益社団法人横浜インターナショナルテニスコミュニティ)として活動している。6面のクレーコートとクラブハウスを持っており、テニススクールなどが行われている。

テニス発祥記念館

山手テニス発祥記念館
山手テニス発祥記念館

少し行くと洒落た洋館の建物が建っている。これはテニス発祥記念館で、昔のテニス関係の資料が展示されている。資料の数は多くないが無料で見ることができる。

テニス発祥当時の外国人のテニススタイルが展示されているが、とても運動する服装とは思えない。のんびりと優雅なテニスであったようである。

木のラケットも展示されている。私がテニスを始めた頃もまだ、このように木のラケットであった。スウィートスポットが狭く、現在のラケットより格段に難しい。現在このラケットを使用するとミスも多くなるだろう。

山手68番館(山手公園管理事務所)の建物について

桜の下の68番館
桜の下の68番館

公園の一番奥には公園の管理事務所なっているレトロで洒落た建物が建っている。この内部にもコートがある。このコートは市で管理しており、一般にも開放されている。申し込めば抽選で利用することができる。山手68番館の内部に受付がある。建物内部やコートもそばで見ることができる。

この建物も趣があり私の好みの建物であるが、元はC.F.フランコの住宅として昭和9年に建てられたもので、山手68番地にあったことから山手68番館と言われている。

現在の場所には昭和61年に移築されたものである。バンガロー風の木造平屋建て並の外国人が住む程度の一般的な住宅であるが、日本にあると珍しく、特に、場所が閑静な山手公園の中にあることから、趣きのある建物となっている。

クリスマス前には山手洋館の一つとして、山手恒例のクリスマス飾りが飾られることもある。

桜の木

山手68番館の近くには古い桜の巨木があり、見事な花を咲かせる。

山手公園内の桜
山手公園内の桜
山手公園内の桜の巨木
山手公園内の桜の巨木
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山手公園の桜

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