古い町並みが残る杵築市

古い町並みが残る杵築市

杵築市

杵築市は杵築藩(木付藩)松平氏の城下町として栄え、国東半島の政治・経済の中心地であった。現在でも国の伝統的建造物群保存地区に指定されており、随所に趣きのある武家屋敷の町並みが残っている。JR杵築駅からかなり離れているので交通は不便であるが、趣きのある町であり行ってみる価値はある。

ふるさと産業案内所の住所

古い町並みの起点となる場所は「ふるさと産業案内所」である。JRの杵築駅からかなり離れており、タクシーやバスを利用して行かなければならない。本数は少ないがバスで直接別府方面に出ることもできる。

杵築城について

杵築城の歴史は古く、室町時代初期に大友氏の一族である木付氏によって八坂川の河口にある高台に築かれた。戦国時代には大友氏と島津氏の戦いの舞台にもなっている。その後、この地を治めた領主は目まぐるしく変わっているいるが、江戸時代に入り旗本であった小笠原忠知が4万石の大名に取り立てられ、木付藩を起こした。最終的には豊後国高田藩の松平英親がこの地に移封され、明治維新まで領有した。 途中に事務手続き上の行き違いから木付藩から杵築城に変更されている。

城は江戸時代に震災や暴風雨によって天守などが損壊されため、高台の北側に移された。その後、時代が安定するに伴い山の上の建物群は廃止されている。

現在、城跡は公園として整備され、山の上の天守閣の跡地にコンクリート製の天守閣が建てられている。中身は博物館になっており杵築市に関係のある有名人物の碑品が展示されている。この城に歴史的な価値はないが、高台に建っているため、眺望は素晴らしい。

杵築城
杵築城
杵築城からの眺め
杵築城からの眺め

公園には古い石仏が集められている。

杵築公園の石仏
杵築公園の石仏

坂に特徴がある杵築の城下町

杵築藩の上級武士は南北に分けられた高台に住んでいた。杵築城は東側の高台にあり、どこに行くにも坂を登り降りしなければならなかった。
「 ふるさと産業案内所 」から北の武家屋敷台地(北台)に登る坂は番所の坂と言われている。坂の上に番所がある。

番所の坂
番所の坂

北台からお城に行く坂は勘定場の坂と言われている。はるか先の岡の上に杵築城の天守閣が見える。

勘定場の坂
勘定場の坂

北台の武家屋敷から坂下の商人の町に行く坂は酢屋の坂と言われている。石畳の坂に周囲の石垣と土塀が印象的で杵築で最も有名な坂となっている。

酢屋の坂
酢屋の坂

商人の町から南台の武家屋敷に行く坂は塩屋の坂と言われている。

いろいろ坂はあるが、比較的ゆるやかな坂で歩きやすい。これは家老たちを運ぶ馬や駕籠の担ぎ手の歩幅まで計算されて作られたからだと言われている。

北台の武家屋敷

北台にはまだ趣のある武家屋敷が残っている。通りは壊れかれた土塀が印象的である。

北台武家屋敷町
北台武家屋敷町

武家屋敷の大原邸

幾つかの武家屋敷が公開されているが、その一つの大原邸を見学した。 入り口の長屋門。 趣きのある茅葺の屋根。それに立派な庭があった。

大原邸
大原邸
大原邸の庭
大原邸の庭


杵築市は着物での観光を推奨しており、着物を着ていれば無料となる武家屋敷もあった。

南台の武家屋敷

南の台地にも武家屋敷はある。時間がなかったので、見学は大幅に省略した。

南台の武家屋敷
南台の武家屋敷

商人の町

北台と南台に挟まれた坂下は商人の町である。現在でも雰囲気のある町つくりが行われている。

商人の町
商人の町